『白い喪服』があったなんて…中村勘三郎さんの妻・好江さんが着ていた『白い喪服』の意味とは?

『白い喪服』があったなんて...中村勘三郎さんの妻・好江さんが着ていた『白い喪服』の意味とは?

室町時代には、再び「白」の喪服が復活しますが、この時の理由は不明だそうです。

それ以降、江戸時代に切腹する際の「白装束」に見られるように、葬儀は「白」が主流だったと思われます。

明治時代では、維新をきっかけに欧米諸国の影響を受けて「黒」の喪服となりました。

明治30年の皇室の葬儀の際に、政府が列強諸国の国賓の目を気にして「黒」に統一したことで、後に皇室の喪服は黒と正式に規定されたのです。

昭和になると、第二次世界大戦中から戦死者を送る葬儀が多くなりました。

喪服の需要が増え、貸衣装店は汚れやすい「白」ではなく汚れが目立たない「黒」を揃えるようになったそうです。

手入れのしやすさや欧米諸国の影響もあり、戦後は急速に「黒」の喪服が広まることになりました。

このように、喪服は「白」の時代と「黒」の時代がありました。

☆昭和10年代の富山での法事の写真

画像:おめしもの日記

日本国内でも、まだ喪主だけ男でも女でも白い着物を着る場所もあるようです。

歌舞伎俳優・中村勘三郎さん妻・好江さんの場合は・・・