予告編で泣ける!《日本・トルコ友好の歴史物語》海難1890

予告編で泣ける!《日本・トルコ合作映画》海難1890

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遥か海を越えた両国の友好には、歴史の裏に隠された2つの知られざる物語があった。

日本よりおよそ9000kmも離れた、アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがる1つの国、トルコ共和国。

かつてオスマン帝国として歴史に名を刻んできたその国と日本は、長きに渡り交流を深めてきた。

1890年9月、オスマン帝国最初の親善訪日使節団を載せた軍艦「エルトゥールル号」は、その帰路の途中、和歌山県串本町沖で海難事故を起こし座礁、大破。

乗組員618人が暴風雨の吹き荒れる大海原に投げ出され、500名以上の犠牲者を出してしまう。

しかし、この大惨事の中、地元住民による献身的な救助活動が行われた。

言葉の通じない中、避難した小学校では村中の医師が集まり応急手当を行い、台風の影響で残りわずかな蓄えにもかかわらず、食糧や衣類を提供。

そのおかげで69名の命が救われ、無事トルコへ帰還する事が出来たのだ。

この出来事によりこの地で結ばれた絆は、トルコの人々の心に深く刻まれていった。

そして、時は流れ1985年、イラン・イラク戦争勃発。

サダム・フセインのイラン上空航空機に対する無差別攻撃宣言によって緊張が高まった。

この宣言後、在イランの自国民救出の為、各国は救援機を飛ばし次々とイランを脱出。

しかし、日本政府は救援機を飛ばすことが危険と判断し救助要請に応えなかった。

テヘランに残された日本人は215人。

メヘラバード国際空港で誰も助けの来ない危機的状況に陥り絶望の淵に立たされた。

この状況を打開すべく、日本大使館はトルコへ日本人救出を依頼。

トルコ首相は、それを快く承諾。

まだ500人近くのトルコ人がテヘランに残っていたにも関わらず、日本人に優先的に飛行機の席を譲ったのだった。

時代を超えて受け継がれてきた人々の絆・真心。

現代に至るまで日本とトルコの友好関係の源泉となっているこの2つの壮大な物語は、全ての日本人、トルコ人の心に響く感動の超大作として、2015年冬誕生する。

出典元:東映